6gatsu18nichi の夜新潟に地震がきました昭和39年6月16日に新潟地震があったので、そろそろ次の地震がきそうだと思っていました幸い、大した震度ではなく、ベッドの上で布団をかぶっただけでやりすごせました。今は鉄筋の老人ホームにいますから安心です・築116年の我が家のjぷ隊は確認できていませんが近所の人も何も言ってきませんからたぶん大丈夫だったでしょう。18日の日中毎年来てくれる地元の友人が梅の収穫をしてくれました。南高梅とローカル品種のトウ五郎梅をあわせて33kgあったそうです。昨年は35kg採れましたからちょっと減です。あと1日待てば超えたかもしれませんたばその場合落果も計算しないといけないので、結果はわかりません。いずれにしても何もできない私にかわって収穫してくれてたすかrimashita.これからその梅を梅干しに加工してくれるので楽しみです。彼女の梅干はfランスでも大好評で、できたらパリとリヨンの友人に送ります。届いたらファンがどこからともなく集まってきて、あっというまにみんなで食べてしまうのだそうです。来年も我が家の梅には頑張ってもらわないといけません・私はそろそろ闘病1年を迎えます毎日左足の筋肉を鍛えるリハビリをつづけています。効果はなかなか実感できませんが、そのうち歩けるようになれるのではないかと期待しています。痛いところはないし、血液検査の結果や毎日の血圧も以前より良好です・糸作りの材料は買いためてありますから一日も早く家での暮らしを再開して糸作りを始めたいものですフランスの手芸のイベントからも来年の出店依頼がいくつか届いています。国内のお客様にご不自由をおかけしているのでできるだけ早く新作の糸をお届けできるようにとおもっています。もうしばらくお待ちください。古野間
昨年7月4日に脳梗塞で入院してからそろそろ1年がたちます最初は救急紗で新潟市民病院に搬入されましたその後7月20日から12月26日までリッハビリ専門のにいがたみどり病院に移り12月27日から有料老人ホームのはなことばにいがたで暮らしています日本全国介護施設は入居が難しいようですが。幸いすぐに入居できました地方の中核都市はなんのかのといっても暮らしやすいです地元なので弟や友人たち時々見舞いに来てくれ助かっています。この時期からは庭の管理も目が離せません梅は毎収穫に来てくれる友人夫婦が今年も来てくれることになり。ついでに庭雑草処理もやってくれるといってくれms日田6月20日すぎからはラズベリーの収穫時期になります。こちらも井本の友人が収穫してりようしてくれるようになります。毎日リハビリのトレーニングはやっていますが、たって歩けるのがいつになるかは全く見えてきません根が短気なので時々見舞いに来てくれる高校時代からの外科医の友人たちに「ぱっと治る方法を見つけてくれなどと言って困らせています。「今までの不摂生のつけが来たんだからおとなしくしていろといわれています・元来あきらめが悪いほうなのでじたばたしています。今年はキルトフェステイバルに出展できず。haるてんじkaイモできませんでした。お客様に医療をお届けできなかったので、この冬は何とかしたいと思っています創作の材料は、早めに手配しましたので家帰れれば作業が始められますまだ左手と左足はマヒしたままですが、てtdすだってくれるひとたちもいるので、なんとかしたいと思います。とにかくリハビがんばります。古野間
5がつも下旬に入り新潟も施行気温25度いじゅになる日が増えましたいつもなら庭に椅子を出して新芽や花を眺めている季節です。昨年7月に脳梗塞で救急車で運ばれて以来我が家には一度も0かえっていません。左半身の不随で手足がマヒし、10か月リハビリをやってもまだ回復の目途はたっていません幸い進行性の病気打破ないので、体調は安定しています。倒れる前75kgあった体重は61kgになりましいた。20代中ごろの体重です。現在は老人ホームにいてスエットで暮らしていますが、外出できるようになったら昔の服を探すか新しい服を買い揃えないといけません。今は右手でどこかにつかまって立つ練習をしています。左手も動かないのですが、2000回ぐーぱーをやって、ようやく糸をつまむことができりようになりました。これで糸を結んだり生地を切ったりできます。なにしろ片手は不便です・ただ、幸い利き手の右が自由に使えるので食事は不自由しません。病院も老人ホームも食事はテーブルまで運んでくれるので助かります。今は一日でも早く歩けるようになって自宅に9いる時間を持てるようにするのが毎日の目標です今年の秋冬に販売予定の糸の原料はすでに買ってありますから組み合わせのデザインと染色を夏の間にしておきたいです。
3gatsu21日はお彼岸の中日。地方によってはお墓参りに絵行くようになって行く日です私の住む町ではお墓参りはお盆が必須でお彼岸に行く家族は多くありませんそれでもお彼岸とおはぎは付き物です現在滞在している老人ホームでもお昼におはぎが出ました新潟のおはぎはもち米を入れてたいたごはんをやわらかく握ってあんこをまぶしたものです。甘いものが大嫌いだった母は一度もそれを作りませんでしたが子供のころ祖母がつくってくれた、ぴかぴちなのだと果ごはんのおはぎは、忘れがたい味です。大学へ行くようになってあんこを固めただけの東京京のおはぎを見てこれがおはぎとはしんじられませんあぎは私にとってのおはぎは、食事の代わりになるくらいボリュームのあるもので、ごはんの量も多いものでした。東京のおはぎは、あんこをかためたものです。お菓子の一種で食事のかわりにはなりません。よそへでて初めて自分が「お米の国のうまれ育ちなのだと実感しました。今日のおはぎは厨房の人が特別にtづくって下さった新潟風でした。もっとも祖母のおはぎは3倍くらいおおきなものでした。脳梗塞発病以来10か月、リハビリを毎日続けていますがはっきりした効果はmだみえてきません。食事は低カロリーがつづいていますから、体重は減ってきています。その分空腹になることが、時々出てきました。毎日軽いスクワット200回しかやっていないのですが、いくらかかろりーは、消費しているようです。
2011年3月11日日本人にとっては忘れられない日となりました。その日私は村上市のギャラリーで糸の展示会をやっていました。午後になってお翁揺れがきましたおおぜいのひとが、表通りに出てきました私もその一人です長い横揺れはどこかで大きな地震がおこっていることを想像させましたその日から8年たったのです。私の暮らしも変わりましたそのころは軽井沢に夏の店を出していました毎週片道250km車で走って軽井沢へ行き1週間みせを開けて、次の週は新潟で過ごすといった生活です。毎月1000km走っていました。もう50代後半だったと思いますがいま考えると結構ハードなくらしだったとおもいます。そのおかげで新しい知己をたくさん得ることができました。自営業の家に生まれ、跡取りになるように育てられてきたので、自分で目標を決めて行動する。ことが当たり前。で
自然なことなのです。行動の後の結果については後悔しないように行動する。かなり忙しくしていたようですが他人に指示されてやっているわけではないので、ストレスは少なかったと思いますそれ以上にお客様との交流は商売を超えて楽しいものがありました。さすがに軽井沢ですそこに別荘を構える人たちとの交流はとてもためになりまたとても気持ちのいいものでした。時間に余裕ができたらm
北国新潟も春が近づいてきているようです。一日中空調の効いた部屋にいるので外気の変化はわかりません。てれびは見ていないので、ラジオの嬢hぷにたよっています。以前からテレビをみるよりは、一日中ラジオを聴きながら仕事をしてきました、そのしゅうかんは、施設暮らしになっても変わりません。去年は突然倒れてしまったので十分な量の毛糸を作ることができませんでした。今年は早めに仕事を開始して、9月になったら通販サイトに新しいコレクションを発表できるようにしたいとおもいます。まだ車いすに頼った生活ですが、杖を使って室内や近距離の移動ができるようリハビリに励んでいます手巻き毛糸を作るための単色の毛糸は徐々に準備しています。染めていない糸を買い、指定の色に染めてもらいコーンに巻いてもらわないと作業はできません。自分でやるための機械は買ってあるのですが糸を扱うためには両方の腕と指が動かないといけません。まだ左手の腕も指も動きませんので毎日必死にトレーニングしています片手だけしか使えないのは予想した以上に不便なものです。昨年末にグーとパーを2000回やって、なんとか親指を動かすことができるようになりました。それによって、携帯電話に充電用のコードを自分で刺すことができるようになりました。ペットボトルのキャップはまだ自分であけられません。介護スタッフに頼んでやってもらっています。入院して以来14kg痩せました。食事は全部だされたものは食べていますが英油脂さんがカロリーを計算して低くしてくれているので老人用よりも軽い食事です。手足が細くなりました。多分筋肉が主に減ったのでしょう疲れやすくなりました。エネルギーを補うためにチョコレートを買ってきてもらって食べています。何年か前上野の国立科学博物館でチョオコレート展を見に行きました。古代アステカ帝国は兵士の給料としてカカオを与えたのだそうです。そのおかげで近隣の国々を征服できて大帝国になったと説明がありました。詳しくはわかりませんがてっとり早くエネルギー補給をするには胃のではないかと思い明治の板チョコを食べています安くてどこにでも売っているので持ってきてもらうのを頼みやすいです。いまは食べ過ぎないよう注意しています。病因食のおかげで。血液検査の結果は毎回上々です。体は不自由ですがすぐに死にそうにはありません。まずは、体の機能を回復して昨年ご不自由をおかけしたお客様に十分な材料をお届けすることを当面のもpくひょうにしています。もうしばらくお待ちください。
昨年7月に脳梗塞で入院して以来ずっと病院暮らしです現在は再発の危険はありませんが失われた機能を回復すべく毎日りはびりを続けています昨年の今頃は腰痛に悩まされながら手巻き毛糸をせっせと作っていました今年のキルトフェステイバルは新幹線で東京に行かれるかどうかわからなかったので申し込みをしませんでした。毎年多くの方がブースに来てくださるのですが今年はそういう事情でハーボード&みりでのブースはありません。例年3月にやっている東京での展示会もことしは。できません、なにかほかの方法を考えますのでこの「みりで」のサイトをごらんになってください。まことにもうしわけありません。来年の復活絵お目指してリハビリに励んでいます

平成30年も残すところあと少しになりました私にとって今年は躍進と大きな挫折の年になりました4月にフランスで出展したテキスタイルアート展での評判がことのほかよくその後出店依頼をいくつか受け取っています一方7月4日に自宅脳梗塞を発症し以後半年病院暮らしを余儀なくされています幸い手巻き毛系とは倒れる直前の6月にかなりの量をつくっていいましたので通販のご注文にいくらかお応えできました。まだ支えなしに立っていることができないので乗り物に乗っての移動ができません。1月のキルトフェステイバルは申し訳ありませんが不参加となってしまいます。今後スタッフのちから
関東地方は梅雨明けしたようですが、新潟はまだです。「まだ」といっても6月は昨年同様ほとんど雨が降りませんでした。たった3,4日。それも本格的に降ったのは27日だけ。梅雨明け宣言など必要がありません。それよりも2日前から急に湿度、温度とも上昇して、「夏」になりました。それまでは朝晩涼しく、乾燥していたのでとても快適でした。これからは、冷房の効いた部屋での事務や「細かい作業が主体になります。

今年も2部屋を改装することになり、10畳2間に入れてあるバナナの箱約300箱の移動が今月最初の仕事です。ジムやサウナに行かなくいても十分汗をかくことができます。

今日は群馬から、先日三条クラフトフェアでであったご夫婦が遊びに来てくださいました。糸の話をして、お昼には卸売市場の食堂で、特大切り身の「お刺身定食」をたべていかれました。これから何か一緒にできることを探していくことにしました。来週はまた群馬から弟子の裕美ちゃんがやってきます。9月まではイベントがないので、仕事は毎日していますが、気持ちに余裕があります。そういう時に気持ちのいい方がたが我が家を訪問してくださるのは大歓迎です。そのために家の中の段ボールをせっせと片づけています。

明日から7月。今月もマイペースで家の中の整理をやっていきます。糸作りは8月に入ってから本格化します。材料はたっぷり手当してあります。手巻き毛糸用の毛糸を260kg買いました。涼しきなるまで糸屋さんに預かってもらうことにしています。
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藍の植え付け
6月に入ってからなかなか雨が降らず、地面はカラカラでした。6月11日、12日にようやく雨が降ったので藍の苗を植え付けました。気温は19度と低く、植え付けには最高でした。これで庭仕事の第1段階終了。あとは水やりと追い肥やりだけです。庭の通路には、除草シートを敷いたので、草取りもいくらか楽になります。(シートを敷いてもいくらか草は生えてきます)

まだ気温が低いので、もう少し毛糸まき作業をし、来週初めに防虫剤を入れて、毛糸全部を箱に収納します。染めや撚糸がすんでいる毛糸はすべて収納しました。再来週からは絹糸を扱うことになります。庭仕事から離れて、徐々に指の皮膚も回復してきました。